スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

告白  女教師の告白~究極の生教育~

告白
ネタバレします。









ちょいと思うところあって『告白』を再度観た。2010年の作品で、監督・脚本は『下妻物語』などの中島哲也。主演は松たか子です。去年の事だったけど、映画館は結構にぎわっていたと思う。わしはというと、原作を先に読んでいたので、正直期待していなかった。というのも原作が小説としてつまらなかったし、そもそも物語として全然魅力を感じなかったからで、これを映画化したところで盛り上げようがないと踏んでいたからだ。
詳しくは→goo映画


映画の内容
終業式、中学校1年B組の担任教師である森口(松たか子)は生徒の前で、自分の娘の死について淡々と語り出した。皆さん牛乳を飲みましょう、といった語り口調とまるで同じように。娘は警察の判断によれば事故死だが、実はこのクラスの生徒2人によって殺された、そういった内容だった。それまで騒がしかった教室が凍りつく。それと同時に誰彼問わず、ひそやかに犯人捜しが始まる。携帯で、または耳うちで、それぞれが名探偵になったつもりか。森口は名前こそ出さないが、特定できるようにその二人についての「告白」をし始める。勉強が得意なA。何をやってもダメなB。教室の名探偵たちはすぐに見当をつけた。そして森口は、彼らに生きることの重みを教えるために、牛乳にHIV感染者の血液を混入したと告白した。そしてその学校から去った。
新学期が始まり、森口の告白の影響は徐々に出始める。新しく入った熱血教師のウェルテル(岡田将生)。欠席を続けるB。周囲から嫌がらせを受けるA。そしてその巻き添えを食らう生徒会長のミヅホ(橋本愛)。ミヅホはAとお互いの傷をなめ合うように交際を始める。しかしAにとってはしょせん暇つぶし、母親の事でミヅホに否定され、ミヅホを殺害する。ウェルテルは執拗にB宅への訪問を続け、その影響からBは母親との関係が崩壊し、人格までも破綻していく。やがて母親がBを殺そうとするが、逆にBに殺されてしまう(正当防衛だよん)。
ミヅホを殺した後、Aは自分を捨てた母親に認められるために、犯行予告をネットに流し、学校ごと吹き飛ばす爆弾を体育館にセットする。壇上に上がり、スイッチを押して全校生徒を巻き添えに自爆する計画だ。だが爆発は起きなかった。その時、森口からの電話が来る。爆弾は母親のところに置いてきた、あなたがスイッチを押して大好きな母親を殺したのだ。Aは気が狂ったように叫び出し、そこへ森口がやってきて、Aに語りかけた。


感想
まずこの作品を素直に映画として評価できるかどうか、これは絶対、というかどうしても分かれると思う。普段から映画をたんなるテレビの延長線上のものとして観ている人たちにとっては、さほど気にもならないだろうし、映画とテレビドラマの明確なボーダーラインもひいていないだろうから、いかに大画面の大音量で観たとしても、おそらく作品を素直に『映画』として受け入れることができるだろう。
だがわしはそう思えなかった。この作品を大画面大音量で観れば観るほど、映画とはまるでかけ離れた作品だと言う感じがした(今回は部屋で観たけど)。それはこの作品の演出上、説明的な部分が多すぎるからである。
この作品を観た人ならわかると思うが、全編通しのモノローグ、これはやはり説明過多な傾向だと思う。映画を観ている人ならおそらく皆共通すると思うのだが、まずはやはり映像を観て感じ取るはずだよ。それである程度理解する。誰がどこにいて何をしているかなんて、だいたい1カットで押さえちゃっても全然OK。そこに台詞が入ったり動きがあって、リアクションする。カメラはそこを映し、観客はその表情をみて感情を読み取る。そんなことは当然の事で、表情は言葉以上にモノを言うから、よりいっそう観客心理の深い部分に届く。
ところがそれを台詞で説明しちゃうと、言葉以上のものが伝わらない。例えば、「ウェルテルが来て…みんな呆れてた」って説明する。でもそれは言わなくてもわかるんだよね。熱血教師が来て、みんながダレてるカットを挟めばその状況は観客に伝わるよ。言葉で言うと、呆れてるって事だけしか伝わらないし、映像に説明台詞乗っけると余計に説明過多になり、観ている方は嫌気がさしてくる。この作品は良くも悪くも映像での説明が最低限できていたので(特徴的ではあるが)余計にだ。『ディパーテッド』なんかは案外似たような映像で進行していたと思う。それでいてモノローグもなかったし説明台詞もほとんどなかったけど、充分に伝わった。あ、もちろんスローモーションとかの映像効果の話じゃあないよ。

何度も言うように説明過多な演出というのはテレビドラマによくある演出で、要するに家事をしながら見れたり、ご飯を食べながら見ても伝わるようにする演出だ。だけどそれを映画でやっちゃうと、集中する意味がなくなって、途切れてくる。この作品は全編に渡ってそれだし、モノローグという最大の説明台詞で進行していくので、わしなんかは森口の最初の告白が終わったところで嫌気がさしました(もうわかったからという気になった)。

ところが、この説明台詞はきっとテレビ向けの演出を狙ったものではないみたいだ。ってのは原作からしてそうだからってのもあるけど、おそらく人物の性格を描写するための一つの台詞なんしょう。ミヅホがウェルテルが来てみんな呆れてるって言うのは、生徒が呆れてるってことを観客に伝えたいんじゃあなくて、ウェルテルと生徒の間でミヅホがどう思ってるかというのを表現したい、簡単に言えばミヅホはこんなこと思うような奴ですよというのを表現してる台詞なのだ。そんなこと言ったらどの台詞にもそういうのが含まれているべきなんだけどね。台詞考えるときってその言葉よりも喋る人間をどう表現するのかってのの方が大事だから、当たり前なんだ。

でもここまで説明過多でモノローグってのは原作がそうだから、ある程度はしかたがないのかもしれない。原作の小説はほんと稚拙な文章で、しかも登場人物がみんなステレオタイプで、なんていうかわかってない人が考える今の少年少女とその母親と傷を負った教師と熱血先生で、わしはこいつらみんな『踊る大捜査線』に犯人として出てきそうな奴ばっかりだなと思いました。例によって簡単に爆弾作っちゃうしさ。あのねー、テロリストだってそんな破壊力の爆弾作るの大変なんだよー! まったくこの辺がステレオタイプで面白みがない。だからこれを映画化するならもっと思いきらないと厳しかったかも知れない。たとえばモノローグを利用してミュージカルにするとか、ファンタジー色を強めるとか。『嫌われ松子の一生』とかぶるかなあ。これなら告白する人が変わるたびに全く違う雰囲気を出せるし、色を付けれる。だってストーリーで盛り上げるのは厳しいよ、これ。
あとさ、ウェルテルの役ちょっと違わないかな。個人的にはもっともっと熱血で浮いてていいと思うんだけど。そういう教師いたよ、だって。

でも映像の特徴としては、この原作なら無難によくやったと思うこともできる。スローで牛乳が床に落ちていき破裂するイメージは個人的にピッタリだった。画面も青味がけて暗い印象を出しーの、人物はバストショットばっかり。被写界深度も浅く(ピントが合っている範囲が狭い)、人物を際立たせつつも客観視点、より深く入り込まないように(感情を排した)距離を保っているのだろうか、とも思えた。なんとなく映画を観た後に冷たい感じと後味が悪い感じがするのは、こういった映像のギミック。
でも、逆に生徒の区別がつきにくくなっているのも事実。みんな似たような輪郭だし顔も髪型も大差ないので、ちょっと混乱もした。無論それも演出で、あえて混同するように個性のない人をまとめたのかも知れないが。だから群像劇というよりも、メンヘラ女教師の事件簿、といった感じか。


もしこの作品が映画として評価されるのであれば、今後の邦画の方向性を憂えてしまう。でも一般の評価は高いんだよね。恐ろしいなあ。なぞることしかできない個性のない監督が、この演出を真似てしまえばそれはもうホントにPVになってしまうよ。劇場でPVを観るってのも、まあ悪くないか? でも2時間のPVはキツイでょ? 『スリラー』なら良いけどさ。


告白  amazonです。
下妻物語  amazonです。
ディパーテッド  amazonです。
嫌われ松子の一生  amazonです。
スポンサーサイト

theme : 映画感想
genre : 映画

華麗なる週末  絶対乗るなよ!(フリ)

華麗なる週末
またまたBSNHKの話で申し訳ないんですけど、去年ずいぶんと長い事スティーブ・マックイーン特集みたいな企画やってました。でも、マックイーン主演の映画でわしが一番好きな『華麗なる週末(THE REIVERS)』は放送してなかったと思います(わしの注意力不足?)。『華麗なる週末』? と聞いて、あれだろ、フェイ・ダナウェイといちゃつく泥棒の話だろ? と思ってる人は間違いです(自分もごっちゃになる)。それは『華麗なる賭け(The Thomas Crown Affair)』です。なんでこんな似たようなタイトルに!? って感じですが、これはよくある事で、日本で『華麗なる賭け』が先にヒットしたのでそれにあやかってマックイーンの主演映画に『華麗なる』という言葉を入れたんです。この『華麗なる週末』はどこをとっても華麗ではありません。まあ華麗なる一族の話ではあるかもしれませんが…(ややこしいからそういうことは言うな!)。派手なアクションや銃撃戦もないですし、大人の女性との駆け引きもないですからね。ちなみに原題の『THE REIVERS』は確か『盗っ人』とかそういう意味じゃあなかったかなあ。辞書で探してもないから確実な事は言えないが、確かそうだったはず。てことで今日はこの映画について書いてみようと思います。
goo映画→ネタバレあり(DVD観てください)


ストーリー
舞台は1905年のミシシッピのど田舎です。「ど」ってほどでもないかな。まあ要するに南部の昔ながらの土地で、農園で黒人とかが働いていたりする(参考にwiki)。南北戦争が終わって50年ほど経つのに差別は根強く残っているわけだ。うわべでは平等でも、どちらかっていうと精神に根付いていますからね。それは今でも残っているわけだけれど。
まあそれはいいとして、そういう時代背景の話である。で、その田舎に有力者が購入した車がやってきます。マックイーンはその有力者(以降ボス)の使用人でブーンという名前です。人々が珍しがって車に群がるんですが、ブーンだけはちょっと違ってて、目が惚れた女を見つめる目になってるんです。しかも花を一輪持ってきてそれを車にさすんです(ああ、確かに華麗かもしれない)。そう、ブーンは大の車好きなんです。
車の管理をボスに任されたブーン。毎日洗車を怠りません。そんなある時、ボスが葬式に出るために家を空けます。絶対に車に乗っちゃあいかんぞ(ダチョウ倶楽部みたく)絶対乗るなよ、そう言われますが関係なし、願ってもない好機にブーンはボスの孫を連れてドライブに出ることにしました。まさに男旅です(あのCM嫌いだが)。仲良く二人で出掛けた、と思った矢先、車の後ろに黒人が隠れてたんです。彼はネッドといってブーンとは兄弟分みたいなもんで、ボスの世話になってる人物でお調子者です。ブーンとはベタベタの仲なのでこっそりついてきたんです。
そして三人でメンフィスを目指して車を走らせます。メンフィスには売春宿があって、ブーンの愛人がいるから今からヤリに行くんだなんて少年には言えません。だから、オブラートに包んで、大人になるために行くんだよと言って行くんですが、いざ着いてみると奇麗なお姉さんがいて、ドキドキするんです。中でもブーンの愛人がメチャクチャ奇麗で、少年は一目惚れしてしまうんです。まさに初恋ですな。でも少年は彼女たちが何をするのかわからない。自分もどうしていいかわからない。そうすると、その宿に住んでいるちょっと荒んだ少年が、ここの女は皆売春婦だって言っちゃうんです。すると純粋な少年は、怒っちゃう。二人は喧嘩する。取っ組み合い、殴り合い、刃物まで出す。殺し合いだ。指に大けがもする。すぐに大人たちの止めが入ったが、ボスの孫でボンボンの少年にとっては、一大イベントの一日となった。
恋を覚え、争いを覚え、大変な一日だったのに、それに追い打ちをかけるような出来事があった。ネッドが車を売っぱらってしまったのである。ニヤニヤヘラヘラして「あ~売っちまった~、この馬と引き換えにな」。彼はサラブレッドと交換したのだ。でもその馬でレースに勝って、車と一緒に大金をゲットするという思惑あっての取引だったと言う。でも騎手がいない。二人は重量オーバーだ。ということで一番軽い少年が乗ることになってしまう。
ネッドの知り合いの経営してる牧場に行き、馬を走らせてみる。なんていうか案の定、全く走らない。というか走る気もないみたいだ。ブーンとネッドは喧嘩するが、そこにデブでハゲな保安官登場。少年に「この農場のスイカが食いたいなあ」とまでぬかす。少年は警官が悪だとは思ってもいないから、サーと言ってスイカを持ってくる。そのスイカを粗末に扱いさんざん威張り腐った後、彼らを牢屋にぶち込み、ブーンの愛人を条件に出してやると迫ってくる。愛人はそれを承諾し、ブーンはそれに怒り狂い、彼女を殴ってしまう。
少年もまたブーンが彼女殴ったことを聞き、激怒し、ブーンをしきりに殴る。勿論大人には全く通用しないが、されるがままのブーン。このへんがメチャクチャに感動的。少年の成長を見守る、というよりも身体で受け止めるブーン。女を争って二人はライバルなのだ。そしてレースが始まろうとしている。出るのをためらう少年。「僕はもう嫌だ、帰りたいよ~」とふてくされる。そこへネッドが彼に語る。「ここでやめる? そんなことをするのは男じゃあないぜ」 あのいつもヘラヘラしてニヤニヤしてるネッドが、ここでキメてくれるわけですよ。もう痺れますよね、こういうシーンって。映画の醍醐味ですよね。わざとらしくなく、ホントさらっと言います。でもその演出や演技が泣かせるんですよ。そして少年は決心する。そしてレースが始まって・・・。


感想
まあ上記でちょくちょく感想書いてますけど、全体的にはコミカルで、いつものマックイーンのアクションバリバリはないが、その分天真爛漫というか素朴なというか、ちょっとキュートな大人を演じてます。ブーンは親なしでボスに育ててもらった人物ということで、マックイーンのちょっと安定しない生い立ちとリンクしているのかも知れません。まあ要するに不良ってことですね。かわいい不良です。それがピッタリで、わしはこの映画がマックイーンの出演作で一番好きです(たぶん)。
物語は少年の目を通して、大人になった彼のモノローグがナレーションとして随所に入って行くという形で進行していきます。『スタンド・バイ・ミー』形式ですね。少年の成長という点でも同じです。白人と黒人の旅というのは『ドライビング Miss デイジー』も同じですね。道中で差別にあったりするシーンもありますし。社会的な要素はなんとなく似てるかも知れないです。20世紀初頭、奴隷解放が宣言され、表面上は差別がなくなった時代ですが、南部ではまだまだ根付いています。例の保安官や道中で出あうやり手のオッサン(色盲のラバ)の口から蔑視する言葉が出てきますし、牧場主の爺さんもそれをネタに脅されます。こういった差別は黒人だけでなく、ユダヤ人やインディアンにも多いとされています。『ノーマ・レイ』という映画で思いっきりユダヤ人や黒人を差別する白人が描かれてますが、あの映画の舞台は70年代後半だったでしょうか。工場の上下関係やら労働社会にも根付いてました。現代でも『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』で、ユダヤ人を撃つにはどの銃が良いかな? って吹っかけたらノリノリで答えてくれてましたもんね。KKKですらまだいるんですからね~。あとティーパーティーとか話題になってましたもんね。アメリカってホントに信じられないような事が平気で根付いてますよね。利害関係だとかそういう深い部分に侵食してしまっている分、取り除くことも容易じゃあないんでしょう。


というわけで、マックイーンといったら『華麗なる賭け週末』です。愛くるしいです。そして少年が成長する様を受け止める周囲の人物。ネッドの人柄。映画の素晴らしさ、自分は映画を観るようになっててホントに良かったと思える作品です。今回のマックイーン特集で放送してないのがもったいない。絶対DVDで観てほしいです。絶対でもないな、他人だしな。気が向いたらとかでいいな。気が向いたらっていうよりも、観たかったらでいいな。観たければどうぞ~、ご勝手に。なーんて言えないです。ホント是非観てほしいです。


華麗なる週末  amazonです。
華麗なる賭け  amazonです。
スタンド・バイ・ミー  amazonです。
ドライビング Miss デイジー  amazonです。
ノーマ・レイ  amazonです。
ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習  amazonです。

theme : ★おすすめ映画★
genre : 映画

借りぐらしのアリエッティ  THE・引っ越し

借りぐらしのアリエッティ
今日は『借りぐらしのアリエッティ』について書きます。わしが観に行ったのはシネマフロンティアです。言わずと知れたスタジオジブリの作品ですし、お客さんはかなり入ってました。それも若いカップルや小さい子どもを連れた家族、中年夫婦や女の子同士のグループやオッサン単品まで、幅広い客層でした。まあ野郎同士ってのはいませんでしたが・・・。反応的には、ちょっと泣いてる人もいたような・・・。


あらすじ
小人の少女アリエッティは両親と一緒に人間の家の床下で暮らしていた。小人は人間に見られてはいけないと親から教えられてきたが、ある日療養に来た少年に姿を見られてしまう。その日以来、少年が生活に関わるようになってしまい、アリエッティの家族の平穏が崩れ、引っ越しをしなくてはならなくなる。


感想
この映画、良いところはまあ少しあるんですけど、問題もいくつかあります。

良いと思った点
まず良いところってのは、アリエッティのキャラが良く描けている事。これは前作のキャラ「ポニョ」が全く客を突き放した宮崎駿のマスターベーションだっただけに、今回ではさすがにまずいと思ったのか、誰が見てもかわいいし、14歳という親離れをし始める心理状況も(そもそも人間じゃあないんだけどね)とりあえず利用できている。ポニョみたいに意味不明に好いてきて、唐突に世界を滅ぼしたりはできない、弱くて脆くて儚い少女という誰しもが感情移入できる設定にしたのは(てか原作にあるわけだが)正解だと思う。

それともう1カ所良い場面があって、それは少年がアリエッティに「小さい時から病気で何もできなかったから、君を見たとき守ってあげられたらと思ったんだけど、やっぱりだめだった。本当にごめん」(だいたいこんな感じ)のこと言うシーンです。これは要するに、『ゾンビランド(Zombieland)』(過去記事)でもそうですが、他人を守る事によって自己を確立する。『ジョゼと虎と魚たち』(過去記事)の時も書きましたが、自分が優位になった時に好感を持ってしまうという心理です。この少年は言ってみれば生まれてこのかた自分が他者の運命を握った事はなく、優位性を保った事がない人間だったがゆえに、アリエッティのような小さくて弱々しい存在に好感を持ったというわけです。これはホントに良いシーンだったし、心にグッと(泣くとかじゃあなく)きました。

悪いと思った点
これ書いてくとけっこうきりがないかもです。まず一つ、物凄く気になったのが、ハルがどうしてそんなにハッチャキこいて小人を捕えるのか全く説明がないところです。後半に、自分が昔小人を見た事が真実だったということを証明するため、みたいなこと言うんですが、それなら少年に隠れる必要なくね? それとも、電話する場面があるから『ムー』にでも連絡してるのかと思えば・・・ねえ? そんな気もさらさらないんですよ。だからこのオバサンの行動が全くイミフだし、どう捉えていいのか、例えばホラーに出てくるような基地外なのかどうかもわからない。惜しい。

それと、やはり脚本がちょっと平坦すぎないかなあ。正直全然面白さはないんですよ。序盤にネズミが出てきたり、まち針を装備したり、アクロバティックな動きを見せておきながら、全くアクションシーンがない。ネズミが出てきて、お父さんに「あれはやっかいだ」って言わせてるのに、その後すっかり忘れ去られたかのように出てこない。猫も、途中まであんなに攻撃的だったのに、いつの間にかなんの説明もなくすっかりなついてる。まあこのへんはいい。100歩譲っていい。ネズミにはどうせかないっこないし、アリエッティのスカートもどんどん短くなってくるからアクロバティックも見せれないってことにしときましょう。でもさ、物語中盤にスピラーという素晴らしくジブリ的なアクションキャラが出てくるじゃないですか! なんでこいつをいかさないんだーーーーーアアアアアアア! せっかく装備もバッチリ空も飛べるってのにーーーーイイイイイ! ずっと期待して観てたけど全然出てこねーーーーエエエエエ! これには非常にがっかりきました。腹も立ちました。どうしてわざわざ面白くないほうに進んでいくんだよ~。アリエッティと少年の交流を描きたいから? 小人の暮らしぶりを見せたいから? 自然は大事にしたいねって訴えたいから? そんなのエンタテインメントにしながらでも全っ然描けるよ。
トイ・ストーリー(Toy Story)』だってあんなに色んな事描いてるじゃないですか。ジブリだって以前はそうだったじゃないですか(泣)。あ~あ、ピクサーとはかなり差がついちゃったよな~。

それとさあ、まち針刺したら穴あくでしょとか、小人の声が少年までどうしてそんなに通るのかとか、小人の視点の時怪獣映画みたいに人間がゆっくり動くがそうじゃないときもあり一貫性がないとか、蟻ってもっとデカくね? とか、どうして少年はアリエッティが床下に住んでるってわかったのとか、色々あります。これらは「突っ込みどころ」というレベルじゃあなくて、リアリティの問題です。ファンタジーだからってなんでもアリ(蟻なだけに)ってわけじゃあないんですよ。かつてのジブリはそういう物語の中のリアリティを重視している作品が多かったのに、どうしちゃったんだろう。



締め
色々書きましたが、邦画の中ではかなり良いですよ(投げやり)。でももっともっと面白くできる素材だと思うけどなあ。これだと子どもが観ても楽しめないんじゃなかろうか。大人が観てもだけど。まあアリエッティは超萌えでなんでしょうね。っていうか宮崎駿、また異種間恋愛かよ。今回は少年の片思いだけどね。観て損とかは全然ないので、是非劇場で。


借りぐらしのアリエッティ  公式です。

theme : 映画感想
genre : 映画

カティンの森  ポーランドの血流れてます?

カティンの森
春休み中、映画を2本観た(3本だったかな)と以前書きました。一つは『シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)』(過去記事)で、もう一つは、ちょっぴり話題の『カティンの森(Katyń)』でした。
今日はその『カティンの森』について、思った事を書いてみます。
cinematopics(DVD観て下さい)

まずこの映画を観て、わしはハッキリと嫌いだなと思いました。それと同時にスタンス的には『独裁者(The Great Dictator)』(過去記事)みたいなもんかなとも感じました。悲惨な出来事を広く世間に知らしめる、過ちであると訴えるというところでです。これが率直な感想です。
ところがよくよく考えてみると、あきらかに違うという点がありました。物凄く大事なことです。わかりますか? 『独裁者』は社会風刺で『カティンの森』はシリアスな群像劇だという点、ではありません。まあ確かにそこも違う点で、物語を進めていくうえで決定的に違う点ですが、もっと決定的なところであるんです。

それは、過去の出来事であるか、リアルタイムであるかの違いです。
言うまでもなく、『独裁者』はリアルタイムの出来事、すなわちニュースでした。あの当時本当にヒトラーが独裁政権をかざし、ドイツのみでなくアメリカでも公然と人種差別が行われていたんです。
一方『カティンの森』は過去の出来事です。もちろん現在もなお遺恨は続いていて、ロシアも未だに謝罪をせずにいるわけですが、事件はもう歴史になっています。
これは凄く大きな違いです。

わしがこの映画を観て嫌いだなと感じた一番の理由はそこでした(始めは理由がわからんかった)。もちろん無理して同情したり、不必要なぐらい重く受け止めたくないという気持ちもありますが(そういう感情を安売りするのがヤダ)、それ以上に過去の出来事を一方的に悪く描くことに嫌悪感を抱いたのです。しかもベテランの監督です。いくらポーランドが悲しくつらい道を歩んでいようが、わしらには関係ありません。冷たいとかじゃなく、自分の国の事をまず考えるべきだと思いますし。余裕があったらロシアに行って「謝れやコラー!」って言いに行くかも知れないですが、わしの中に「ポーランドの血」がないんで今は無理です。

もしこれがリアルタイムでの出来事なら、『独裁者』のように批評や映画としての質を超えた作品としてわしも把握したかも知れません。ようするにプロパガンダとしての力です。でも、過去だとそこは違うと思うんです。歴史を描くときはもっと慎重にならなければいけないと思うんです。エンタテインメントならまだしも、この映画のようにドキュメンタリータッチでの実録映画ならメッセージ性が強まるのでなおさらです。今さら、ソ連って最低だね! とか思わせてもしょうがないじゃないですか。第一今はロシアですし。要するにそこはただの作り手の自己満足にしかならないんですよ。

「なんてひどい事をしたんだロシア人(ソ連)、あやまれー」と思いますか? そうですね、日本人みたいですね。南京大虐殺とかいっぱいありますもんね、フフフ。

そうそう、過去に『黒い太陽731(太陽731)』というグロ香港映画がありました。あれも日本軍が人体実験で中国人を「丸太」として扱い、悪行の限りを尽くしたという感じで描かれています。まあこの作品の信憑性を『カティンの森』と比べるのは間違っていますけど、スタンスとしては『独裁者』というよりもむしろ『黒い太陽731』のほうがより近い映画かも知れません。

『カティンの森』の映画としての出来栄えはというと、今流行りのドキュメンタリー風で、冷たい感じで落ち着いた映像にはなっていたけど、優れているなというシーンはなかったです(皆さんアンジェイ・ワイダ監督と聞いただけですぐ絶賛するんですよね)。良かったと思ったのはソ連やドイツの悪者っぷりを見せる演出ですかね。ただ役者はすごく良かったです。アンナ奥さんの表情良かったよ。アンナ奥さん萌えです。


カティンの森  amazonです。

theme : 映画レビュー
genre : 映画

風が吹くとき  核の恐怖を知りたいなら

風が吹くとき
最近、核兵器の問題が大きく取り沙汰されています。
チェコで行われた米露の核軍縮条約の調印では、配備済み戦略核弾頭を2200発から1550発に削減するとか…(50発って細かいなぁ)。
一方ワシントンでは核安全保障サミットがありました。何を話し合ったかと言うと(詳しくは知らないけど)、「テロ組織が核兵器を持つというようなことはやめようね」とか、「情報は共有しようね」とかだそうです。
アメリカとしては絶対にアルカイダみたいな組織が核を持つことは避けたいはずです。もしそうなったなら、ためらいもなく核を撃ち込まれるからです(テロ組織は核を交渉に使わない)。

小学生の時、漫画『はだしのゲン』を読んで物凄く原爆が怖いものだと知りました。当時のわしは飛行機が上空を通るだけでビクビクしてた程です。もちろん今じゃ飛行機ぐらいじゃビビりませんが、あの漫画で描かれている内容は恐怖として焼きついています。

今日はそんな、核の恐ろしさを描いた映画を紹介します(前置き長いな)。『風が吹くとき(When the Wind Blows)』というタイトルでイギリスのアニメーション作品です。
goo映画(DVDありますよ)

この作品は、いわゆる核戦争に主眼をおいた戦争映画なんですが、珍しく一般市民の目線で描かれています。
実は戦争映画って兵士やお偉方の視点で描かれるのがほとんどなんです。で、テーマは戦争の悲惨さですって言ったりしてる事が多いんだけど、実際はけっこうハラハラドキドキ感があって、観客は頭の片隅に「すげぇカッコイイ…」という意識が芽生えているんです。だから多くの戦争映画は反戦意思じゃなく、刺激を与えているという事です(けなしてるわけじゃないよ)。
しかし今作は一般市民の目線で描かれているので、戦争の恐ろしさと核の絶望感の描写に徹底できます。それがいいとか悪いじゃなく、ストレートにテーマを伝えるシナリオということです。

内容としてはのんきな老夫婦が突然襲ってくる核の恐怖にどう対処していくか、そして被爆後どうなるかを淡々と描いています。何故か主題歌をデヴィッド・ボウイが歌っています。
映画として面白いとか良くできているという以前に、核の圧倒的な恐怖を描いているので、怖がりな人にはあまりお勧めできません。恐怖を煽るのも嫌ですしね。まあ、自分をきちんとコントロールできる人だけ観てください。


風が吹くとき  amazonです。

theme : 映画紹介
genre : 映画

プロフィール

ホモルカ

Author:ホモルカ
札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
映画について質問あればコメントくださいな。

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。