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処刑人  ゴスロリじゃなく女装処刑人

処刑人
先日ようやく『処刑人(The Boondock Saints)』を観ました。1999年のアメリカ映画で、監督はトロイ・ダフィー(バーテンとロックバンドに明け暮れていた人みたいでデブでヒゲの怖そうなオッサン)。ウィレム・デフォーも出演してます。周囲の評判もかなり良いし、普段から脳みそが眠気でふやけていくような映画を観ているせいか個人的にはオアシスのような、ケーキばっか食ってる時の束の間の納豆に辿り着いたような、そんな気分で鑑賞しました。
では、詳しくは→goo映画(ネタバレ)。


わし的ストーリー
ボストンに住むカトリック教徒でアイリッシュ系の兄弟二人がけんかの延長でロシアンマフィアを殺してしまう。正当防衛が認められるが、騒ぎを避けるために拘置所の中で一夜を過ごした。その晩二人はどこからか「悪人を殺せ」という声を聞く。拘置所を出て以降、彼らは次々と処刑をしていく。勿論警察にも追われるが、それでも処刑していく。処刑して処刑して処刑しまくるが、ある時とある殺し屋と出会い・・・。処刑しまくる。


感想(モロ個人的)
まず、面白いか面白くないかで言えば、そんなに面白くなかった。どうしてかというと、ストーリーの見せ方がかなり下手なので(あってないようなものだが)、展開がいまいちよくわからなくなる。きちんと観ていればわかるじゃあないか、と言われるかもしれないけど、逆にきちんと観ていれば観ているほど『??』って感じになる。
わしが特にそれを感じたのは、ラスト付近イタリア系マフィアのボスのヤカヴェッタを処刑に行くところ。それまでは、一連のシーンの流れとして、
     兄弟が処刑に向かう→警察の現場検証→処刑のシーンのカットバック
という感じでいくわけだが、これ自体に文句はない。文句というか、悪いところも間違いとかもない。ただ、この流れを何度も見せつけられた上でラストの処刑に向かう時、次のシーンでいきなりとっ捕まってボコボコにされてるっていうのがシナリオ上悪いところ。観ている側としては、何のことかわからなくなる可能性がでてくるから。間に捕まるシーンを入れるとか、彼らの身に何かがあったことを知らせるシーン(電話にでないとかさ)を入れるとかしないと、そのシーンだけテンポが良いだけに、お笑いに見えてしまう(アデランス使用前と使用後の比較映像みたいな)。まあお笑いにするシーンでもないんだけどね。映画と言うのはモンタージュで成立してる(省いてなんぼということ)わけだが、これでは大事なところを切ってしまっているわけ。
もうひとつ、いつも推理を外すボストンの刑事さん。ラストに犯人が六丁のチャカを持ってるっていうのを当てるっていう小ネタをやってるんだけど、それもダメ。なぜなら、そのシーンの前に観客に六丁持ってるってことをわからせちゃってるから。だから、その台詞に全然インパクトもないし、味もない。敵はどんな奴だ!? っていう興味を客に抱かせておいての推理にすれば、小ネタとしても良かったしキャラ立ちとしてもうまくいってた。勿体ないなあ。
あと、あれが父親だったってのも微妙だなあと思った。驚きもなにもない告白だったし、告白のしかたもイマイチぴんとこなかった。例の説教が通じたからっていうんでしょ? サミュエル・L・ジャクソンじゃあないんだから。でもどこにでもありそうな説教だったよ。親子を証明する割符にはなってないような・・・。
  と言う感じであきらかにシナリオが下手だなと思った。描いてることがたんなるテロリストだからダメだとか、殺人を娯楽にしたり正義にする価値観が危険だとか、アメリカ人の勝手な妄想とか、罪と罰がどうとか、インタビューで打ち消そうとしててあざといとか、そういうのは良いんですけどね別に。神の啓示受けたから人を殺していいのかとかそういうことは良いんですよ。映画なんだし(正直引きますけど)。ただ、周りが言うほど面白くは・・・。わしはなかったなあ。そんなにぶっ飛んでもなかったしね。フランスの催眠映画とか、クソみたいな邦画とか観ててハードルは下がってるんだけどね。ケーキばっか食ってて納豆来たー! って思ったけど甘納豆だったみたいな。うーん、催眠慣れしたのかなあ。
ただ、良いところもありました。それはウィレム・デフォーの女装が拝めたことです。女装以外もカッコ良かったです。現場検証で自分も二丁拳銃やるところなんて、興奮しました。それだけ良かったら充分か。にしてもかなり美味しい役でしたね。あれ? ゲイ○ー・オールドマンさんじゃあないよね?


まとめ
簡単に言うと、ジョニー・トーとジョン・ウーとスコセッシに『レオン(Léon)』の麻薬捜査官を出してタラちゃんっぽくしようとしたガイ・リッチーがリュック・ベッソンに撮らせたような映画です。すげーわかりやすく言うとですけど。いや、パクリとかオマージュは良いんですよ。楽しければ気になりません。
あとさ、ファニーが二丁拳銃で「ワイアット・アープだ」って言うところあったけど、独り言で「ジョニー・トーだろ」って突っ込んでた自分がいた。でも冷静に考えたら、ジョン・ウーか? おかしいか? funny how?


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ソーシャル・ネットワーク  追加

それにしても昨日観た『ソーシャル・ネットワーク』は、わしとしては好きすぎる映画だった。
一日おいて冷静になって思い返しても、断然その気持ちは強い。
なのでちょっとおさらいしてみる。きたないメモを見ながらね(ほぼ解読不能)。


昨日ちょっと書いたんだけど、展開っていうか構成がうますぎる。それは冒頭のマーク君とエリカちゃんの超噛み合ってないトークから始まり(それが確か5分ぐらい続いたと思う)、そのあと例のピアノのシンプルで静かなBGMがかかって、マーク君が走って寮に帰るシーンが意外と長く入る(3分ぐらい)。ここはタイトル流すから時間をかけるのもあるが、マシンガントーク直後の静けさ、何て言えばいいのかな、溜めというか、緩急をつけた演出とよく言うと思うんだけど、まさしくそれだった。そしてそこに妙なリアリティが生まれる。

冒頭のトークシーンではマークの性格が描写されていて、実はそれが物語の重要な部分を占めていたりする。どういうことかっていうと、映画の最後までマーク君のコミュニケーション能力の欠如という面において色んなエピソードを挿入して行ったり来たりする話だからある。
冒頭でわかる事というのは、マーク君には悪気はないということ。だから昨日わしはマークは良い奴に描かれていると書いたんだが、冒頭でそれを語っておいて、延々と、最後までそれを描いてくる。「エリカちゃんに自分の考えを言ったら怒っちゃった。何が悪い事だったのかわからないけど、とりあえず謝っておこう。」「ショーンの女にビールをパスしたら取れなかったので、もう一本投げてパスしたらまた取ってくれなかった。」「ワルドがずぶ濡れで飛んできた。迎えに来る約束だったじゃあないかと言われた。あ、そう。」これらは別に悪気がない。彼の中の常識で、合理的というかあきらかにコミュニケーション能力の欠如として描かれている。だからわしは嫌な奴だと思えなかったし、悪気がない分むしろ良い奴に見えたのだ。にしてもビール投げは3D並みの映像だった。思わずのけぞった人はたくさんいるだろうなあ。
でもその延々と描くことって言うのは意図的で、感情移入がまったくできない人物、傑物として描くことに終始徹底してる。それには理由があると思う。ここからは個人的な考えだけど、おそらくそう描かないとマークの凄味が強調されないからじゃあないだろうか。もちろん物語としての娯楽性というか方向性を固めるための演出傾向かもしれないけど、それ以上に普通に描いてしまうことによってマークの能力が過小評価されてしまうという懸念があったのではないだろうか。なぜなら、この作品ではたま~にプログラミングの専門用語が出てくるだけであって、フェイスブック(SNS)の事には全く触れられない(タイトルはSNなのに)。つまるところマークの何が凄いのかというのが描かれていない。ただなんとなくハッキングして、その結果しか教えられないので、観客にはマークの何が凄いのかが説明されず、よって具体的に伝わらないのだ。だけどなんとなく凄い奴に見せる、そのために感情移入を拒んだキャラクターにしたのではないだろうか。そのためにってのは大きいな。そういうのも含めて、だな。

他にも、構図も会話も非常に面白いし、構成や編集、タイミングがホント上手いと思った。例えばワルドが部屋でチキンを飼っているというシーンで、マークが去った後にチキンのショットが入り、コッコッコと鳴く、この独特の間。三池崇史の『インプリント~ぼっけえ、きょうてえ~』で、拷問した時にマメ山田がニワトリの真似してコッコッコって鳴くけど、あれと全く同じ。不気味で滑稽な(ニワトリだけに)カットだった。


思えば本当に印象深いシーンばっかり。これ多分アカデミー賞取るでしょうね。てか他の作品観てないからわかんないけれど、それでもこの映画は素晴らしいですよ。世の中には映画好きを自称してるくせに食わず嫌いをする人がたくさんいますが(そういうのは映画好きとは言わない)、ましてやこういうカタルシスを得られない、よくわからないですっきりしない映画を敬遠する人がホントたくさんいます。その人たちはすぐに趣味の欄から映画鑑賞を外すか、一所懸命こういう映画やヨーロッパの芸術映画(もちろん限らずだが)をたくさん観てください。最近では中東の方でも、な~んにも起きない映画が増えてきてますよ。たまに腹立ちますよ。芸術映画と銘打っておけば何でもいいんだと勘違いしてるド素人も増えてますからね。戦災孤児の苦難を描きました~とか言ってただ適当にカメラ回してるだけみたいなのも多いです。ちなみにそういうのは誉める部分がないから、美しい風景と無垢な子役の表情が素晴らしかったってレビューが多いんです。芸術っぽい映画誉めたい人の得意技です。


ソーシャル・ネットワーク  先日の記事です。

インプリント~ぼっけえ、きょうてえ~  amazonです。

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ソーシャル・ネットワーク  珍味movie

ソーシャル・ネットワーク
ようやく『ソーシャル・ネットワーク(The Social Network)』を観ました。なんだか色々忘れてしまう前にチャチャっと書いていこうと思います。ということでいつも以上に文がグダグダでメチャクチャで整理されてないかもしれませんが、もうこうやって前置きを書いてる間も記憶が薄れていくので気にせずに書きます。


あらすじ
ハーバード大のマーク・ザッカーバーグは彼女とのデートでいらぬことを言ってしまい、「It'll be because you're an asshole」みたいなこと言われフラれてしまう。マークはその腹いせに自身のブログに彼女のプライバシーを公表しつつ、学校をハッキングし女子の顔写真を集め、それを二人ずつ並べてどちらが美人か投票をさせるサイトを2,3時間で制作し、2時間で22000アクセスを記録するが4時間後に大学側に潰される。
だがそのプログラミング手腕に目を付けたエリート学生の兄弟とインド系の学生に声をかけられ、大学内でのSNSサイト構築を担う。それを上手く利用し、2004年に親友エドゥアルドをCFOとしてザ・フェイスブックを立ち上げる。その動きを知らされていなかった兄弟とインド君の3人は、マークを盗作として告訴しようとするが、ハーバード紳士はそんなことしない! とキリっと言い、ひたすらボート漕ぎに尽力する。
マークはやがて企業家として知られるショーン・パーカーの援助も受け、規模を拡大していく。しかしエドゥアルドは彼の参加に疑問を持ち、兄弟とインド君はマークを目の敵にし、元彼女からは完全にオタク扱いされ、人とのコミュニケーションがどんどん遮断されていく。しかし弁護士との協議の後、一人の女から「You're not an asshole」といわれ、キレイにサークルエンド。


感想  走り書き
率直な意見としては、この映画は珍味だなと思った。観れば観るほど、噛めば噛むほど味が出るって事です。それはプログラミング用語とかが次々に湧き出てくるからってのもあるかもしれないですが、それ以上に俳優や映像における感情表現、または意図的な構成がもたらす印象などがこの作品のあらゆる場面に散りばめられていて、なんだっけ?あの「味の玉手箱や~」とか言う人、あれじゃあないですが「映画的文法の玉手箱や~」って感じでした。その点、とても映画的な作品だった(映画だもんね)と言えるでしょう。

特徴としては、デヴィッド・フィンチャー作そのまま。画はコントラストの強い色調を抑え赤焦げた感じ(また銀残ししてるのかな)。音楽はシンプルで邪魔にならないがなんとなく暗くてキモ心地いい(意味不明?!)。そして割と投げっぱなしの展開、どことなく滑稽なまじめ君キャラ。その辺りに安心感を覚えた。わしは前作の『ベンジャミン・バトン』(過去記事)がどうも好きになれなかったのはそこだと再認識できた。もちろん映画として良く出来ているし映像もそうとうこだわっているんだけど、笑えなかった。笑うしかない状況という場面がなかったと言った方がいいかも。その差はすごく大きい。

今作でのその「笑い」の場面はいくつかあった。一番印象的だったのが、兄弟が必死こいてボートを漕ぐシーン。しかも意図的に背景を美しく見せ、それを引き立てていた。なんてイヤらしい監督なんだ。こんな奇麗なところで、こんな美しい行為(スポーツ魂)を必死こいてやる兄弟というのを敢えて浮かせ撮っているのだ。そこにはハーバード紳士を訴えないという掟に縛られてる惨めな兄弟という暗喩も含まれている。必死にボートを漕ぐ。必死に美しいものにすがる。必死に儲けようとし、必死にモテようとすることがどうしても滑稽に見えてしまう。だがそれを言葉や台詞で説明はしない。無論、演出する側がそう思ってると言う確証もない。
『告白』(過去記事)だったらモノローグで「あいつらリア充は愚かでバカだから…」と説明しているだろう。それだと全然面白くないし、伝わらないんだよね。そう観客に思わせるから、映画であって、心に残るんだよね。

劇中はとにかく専門用語やいろんな言葉が飛び出してきて、追うのに大変だった。だが今思うと大変だった割りには内容を理解できている。これはきっと展開がシンプルなせいだろうと思う。丁寧なつくりとも言える。何かをすればその結果を見せてくれる。序盤に「フェイスマッシュ」を立ち上げれば、その次のシーンで学内での生徒の反応を見せてくれるし、その見せ方も男は面白がって参加し、女はみんな嫌悪すると言った感じにわかりやすく描写してくれている。親切で安心な設計だなあ。エドゥアルドが酷い目にあうのも親切丁寧に描写してくれていて、マークにはのけ者にされるし、疲れて帰ってきたら彼女にがなられるし、プレゼントは燃やされるし。ホントこの辺はわかりやすいコメディだと思えた。


それにしてもリア充ってすごいなあ。こうして見るとホントバカだよなあ。でも皆それに憧れるんでしょう? わしは嫌だなあ。マーク君みたいなので良いじゃん。田舎者とかナードで良いじゃん。ていうかマーク君すげー良い奴に描かれてるし。この映画観る前はどんだけ嫌な奴に描かれているんだろうかと楽しみにしてたのに、全然良い奴じゃんかよ。
それと、この映画フィクションだそうです。そりゃあそうだと思うんだけどさ、それを現実だと思ったり、現実ですよと公表するのってわしは嫌なんですよね。『レッド・クリフ』を未だに歴史だと認識してる人がいるみたいですが、あれは完全な小説ですよ。しかもあの映画を三国志知らない人に勧める人までいますが、気が知れないです。三国志を知らない人が観ると、歴史だと判断してしまう可能性があるじゃあないですか。きちんと歴史を学んで、ある程度知識がある人だけですよ観ていいのは。じゃなければ曹操を冒涜しているだけですもん。あー、頭にくる。いかんいかん、落ち着こう。
と言う事で、『ソーシャル・ネットワーク』はフィクションですが、登場人物がみなキャラ立ちしてるし、涙あり(ラスト)笑いあり裏切りありの青春ドラマです。しかも男たちの活躍が多いです。てことは?『ホモソーシャル・ネットワーク』なのか?! なんてくだらないことは言わないで、劇場へ行きましょう。

ソーシャル・ネットワーク  追加記事へ。

ソーシャル・ネットワーク  公式です(音出ない)。

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ゾンビランド   死ぬまでにしたい32のこと

ゾンビランド
ゾンビランド(Zombieland)』を観てきました。監督はルーベン・フライシャー。
この映画、アメリカではかなり評価が高くて、わしもずっと前から観に行こうと決めていたのに、なんだか時間が合わずに、結局上映終了ギリギリでなんとか間にあいました。
劇場は札幌ファクトリーのユナイテッドシネマ。客は10人ぐらいで、若いカップルか、ゾンビ好き男かでした。


あらすじ
ゾンビだらけになったアメリカ。引きこもりで童貞のコロンバスは自身が決めた生き残るための32のルールを必死に守って生き延びていた。ある日実家のオハイオ州に向かう途中でゾンビを殺すことに喜びを感じている筋肉馬鹿カウボーイのタラハシーと出会う。二人はタラハシーの大好物であるトゥインキーを探しにスーパーまで行くが、マセガキと悪女の詐欺姉妹に出会う。彼女らに何度も騙されながらも結局4人はゾンビがいないとされるロサンゼルスの遊園地を目指す。途中ハリウッド大物(?!)スターと出会ったりもする(笑)。


感想
まず、面白いなーと思ったのは、ゾンビ映画が必ず最終的に着地する「一番怖いのは人間ですよ」というところをもう最初から言っちゃってて、それ前提に物語が進んでいくという点です。ゾンビ映画ってのは、例えば『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(Night of the Living Dead)』や『ゾンビ(Dawn of the Dead)』、最近で言えば『28日後...(28 Days Later)』なんかがそうですが、最初はゾンビが怖くて強くて、とにかく恐ろしい化け物なんだけど、後半から立場が逆転しちゃって、人間がゾンビを狩るという描写が必ず入るんです。他にも『死霊のはらわた(The Evil Dead)』も結局は続編の『死霊のはらわたIII/キャプテン・スーパーマーケット(Army of Darkness)』(なんちゅうタイトル、好きだけど)でやっつける。『サンゲリア(ZOMBIE)』も。まああれはサメが戦いますが。これはどうしてかっていうと、物語に「サバイバル」という要素が加わってくるからなんです。映画は90分以上ありますから、逃げるだけだともたない。だから、逃げて、なおかつ生き延びさせる。そういうのがゾンビ映画の基本的な流れなんです。
けどこの映画、ほとんど最初から、それこそ物語の第一幕目から、ゾンビがバリバリのやられ役なんです。怖いのは筋肉カウボーイと女ども、ファムファタールとマセガキで、ゾンビが恐ろしいっていう描写は開始ほんの10分程度で、それは32のルール説明のシーケンスです。これは思い切ったなあというか、コメディだからなんでしょうけど、ゾンビという既成概念についてとやかく説明されることがないので、テンポが良くて良いなあと思いました。

他にもゴア描写やらギャグやらオマージュやら、ホント笑いました。筋肉カウボーイは素晴らしいね。


この映画は要するに、童貞で引きこもりの精神ゾンビ君が本物のゾンビの来襲によってサバイバルし、仲間を作る事で孤独から脱却し、精神ゾンビを治していくという物語です。非常にお勧め映画です。『ハナミズキ』観るならこっち観てください。っていうか『ハナミズキ』のほうが滅茶苦茶怖いですよ。なんていうか物語もですけど、制作した人間やあれ観て泣いてる人の感覚も含めて、怖いですよ。理由は今度書きます(気が向けば)。


ゾンビランド  公式です。

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ザ・コーヴ  矢追純一呼んでこい

ザ・コーヴ
ついに話題の映画『ザ・コーヴ(The Cove)』を観てきました!劇場はシアターキノです。客は40人程度です。けっこう多いですね。てか、なんやかんやあったのにこうして上映してくれるキノに感謝です。素晴らしい映画館です。北海道に遊びに来たときは是非寄ってみて下さい。


あらすじ
本作は、こう言うと語弊がある人もいるかも知れませんが「ドキュメンタリー映画」です。どうして語弊があるかというのは後述するとして、まずは形式としてということでご理解ください。
では何を描いているかというと、ご存じの通りイルカ漁についてです。和歌山県太地町の入江で行われるイルカの追い込み漁を、隠しカメラなどを駆使して取材するという内容です。なお、太地町の許可は得ていません。


鑑賞後の一言
「こりゃ問題になるわな」です。太地町漁民や職員、水産庁などの面々を完全な悪役とし、それに加えスリリングな編集とごり押しなプロパガンダという作りに圧倒され、映画全体を鵜呑みにしてしまう恐れがあるからです。


形式
まず言っておかなければならない事があります。それはドキュメンタリーだから真実だということは絶対にないということです。どんなドキュメンタリーでもどこかに必ずと言っていいほど取材側の演出の手が加わります。それはもちろんカメラを構えているというだけで既に「日常のありのまま」じゃなくなるということも含めてですが、それ以外にも演出は加えていきます。
例えばある新入社員を追ったドキュメンタリーを撮るとしましょう。当然日々の生活を追っていくわけですが、それだけだと単調になってしまい、ドラマ性にかけます。そこで、取材側から色々な提案をしていくのです。「お母さんに電話してみたらどう?」とか「先輩と飲みに行ったみたら?」とかです。直接手を加えることもあります。実家に電話をかけるように促す事もあります。それを編集でつなぎ合わせて、あたかも自発的に電話をしたように見せるのです。
この映画にはこういった演出が含まれていて、それが過度であるということから、最初に書いたようにドキュメンタリーとして成立していないんじゃあないかという声があります。ですが、それは少し違っていて、そもそもドキュメンタリーとはそういうものなのです。もし取材側の演出を加えずに成立したとしたら、それはよっぽどオイシイ素材で天の時も何もかもが味方したまさしく奇跡だとしか考えられません(みんなそれを目指してはいるが)。

それともう一つ、この映画がプロパガンダであると批判する人がいます。それはまず違ってて、どの映画も多かれ少なかれイデオロギーを含みます。それは時代を象徴するものだったり、はたまたバリバリに社会的なものだったり、希望のようなものだったり批判の対象だったりです。イデオロギーを含むという事は多かれ少なかれどちらかに偏ってしまいます。偏った時点でプロパガンダなんです。偏らずにフラットにするには内容を削るしかありません。あ、だからフランス映画は内容がないんだ。
だからといって質の高いドキュメンタリーがバリバリのプロパガンダということもありませんし、その逆も然りです。お互い「=」というわけでもないのです。
・・・と、まあプロパガンダだから批判するというのはちょっと違うと思うわけです。


感想
以下はわしがドキュメンタリーを撮るさいの最低限のマナーと思っている事柄に基づいての感想です!
まず、この映画の主役であるリック・オバリーさんたちはどうしてイルカ漁に反対しているのかです。
劇中でも語られるように、1.イルカの知能が高いからなのか。 2.イルカ漁の行きつく先である食肉としての人体に与える悪影響からなのか。 はたまた、3.自らが体験した過去の出来事からなのか。そのへんの描き方でずいぶんと印象が変わってくると思うんです。

1.イルカの知能が高いから反対するならば、イルカの知能が高い証拠をわかりやすく見せるべき。無論、出演者のエピソードという形式で語るのではなく、きちんと生物学的な見地からです。この映画では思い出やイルカに詳しい人のお話としてしか語られなかったので、ただなんとなく頭良いらしいという漠然としたイメージからしか入れませんでした。それに、どうして知能が高い動物を殺したらいけないのか、疑問が残ったままでした。

2.人体に悪影響だからというのは、一応イルカ肉に水銀2000ppmが含まれていたと着地していますが、どうやってその数値を検出したのかや、どの程度のイルカ肉から調べたのかわからないため、疑心暗鬼なまま進行していきました。もう少し時間をかけてもいいので、丁寧に見せてほしかった。・・・が、ラストでこの数値には偏りがあるというテロップが出たので、そこは巧妙に隠すため流す程度だったんでしょう。

3.自らの体験というのは、もっとも個人的(当たり前だが)理由で、もっとも受け入れてもらうのに苦労する理由です。よほど同情される体験じゃない限り、感情移入してもらえません。しかし彼の語る体験は、さほど感動的でもなく、かなり独りよがりでした。なんせイルカが自分の腕の中で自殺したと思い込んでいるんですから。よっぽど多感な人じゃない限り、同調できません。

それと、クジラ肉を給食に出すという問題で、それを推進していると言われている町職員2人(町長だったと思う、記憶が…)にインタビューするシーンで、肝心のセリフが意図的にカットされていました。「私は学校給食に・・・」ぐらいで切れていたと思う。これは欲しいセリフ(私は給食にイルカ肉を出すことを考えています)を撮れなかったので、途中で切って、足りない部分はナレーションで付け加え、あたかも彼らがそう言ったようなニュアンスにするといった手法でした。まあ、巧妙なインチキなんですけどね。

とまあこんな風に書くとひどい内容なんじゃないかと思われるかもしれないが、ドキュメンタリーとしてのわしの考えです。プロパガンダとしては優れているんですけどね。他にもウィキペディアに色々掲載されているが、それが事実かどうかはわしには確認しようがないので、何も言えません。ですが、胡散臭さは矢追純一クラスです。


一方エンタテインメントとしては、とても優れていると思います。この映画を編集した人は凄いと思いました。見事なセンスです。こんな風にわしもできたらなあ、なんてうらやましく、ていうか悔しかったです(口にしたくもないぐらい)。カメラ設置するシーンなんか、立場とか全部すっ飛んでハラハラしながら観てましたよ。でも、これがUFOとかUMAだったらなあ。だからホント、矢追純一と組んでほしい。絶対ヒットするって!


ザ・コーヴ  公式です。

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プロフィール

ホモルカ

Author:ホモルカ
札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
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