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野のユリ  ね、眠くなんかないッ!

野のユリ
まあ、ネタバレします。でも昔の映画だからね~。




先日BSで『野のユリ(LILIES OF THE FIELD)』を放送していたみたいですね。1963年のアメリカ映画です。わしはこの映画、初めて観た時に居眠りしそうになりながらだったのをよく覚えて居ります。その時はまだガキだったし、そもそもクソガキな頃にどうしてこの映画を観賞するに至ったのかその経緯がさっぱりわからないのですが、とにかく初見の印象と言うのは退屈な映画というだけにとどまってました。
それからしばらく経ち、今度は高校生になってカッコつけて文芸作品とかクラシック映画を観るようになり、右も左もよくわかってない癖に何でもかんでも誉めちぎってた時期にこの映画に出会いまして、またまた鑑賞したわけです。クソガキではないけどカッコつけで文芸を観るようなガキでしたから、眠るわけにはいきません。目をばっちり開けて、耳をかっぽじってTVに向かいました。そんでもって知人との話題が映画になった時に、余裕顔で「やっぱ『野のユリ』いいよね」と言えるように、そんな事を考えながら・・・。とまあそんな思い出深い(ある意味ね)映画なんです。それが功を奏したのか、結構きちんと覚えています。今日はこの映画について書きましょう。
内容→goo映画


どんな映画?
黒人のスミスは車の故障のために、修道女たちが暮らす建物に立ち寄る。彼女たちはスミスを見て「まあ、なんてたくましいのかしら(うっとり)」とか、「うふ、いいカラダ♡」とか言ってスミスを迎え入れます。でも彼女たちはマザー以外英語をカタコトでしか喋れません。彼女らは東ドイツからの移民なんです。色々あったんでしょう、お金もなく、教会もない。けれど底抜けに明るい振る舞いに、スミスも心を許していきます。シスターはスミスに超質素な食事をわけ与え、スミスはシスターに英語を教える。それでも映画のトーンとして、スミスは食事の不満をぶちまけるし、神父はアイリッシュの酒飲みだし、カチカチに奇麗事でキリスト教を映すのではなく、ユーモアも交えたほんわかした雰囲気で展開していくので、押しつけがましくなく描かれています。そのアイリッシュの神父に旅に出ろと言われたスミスは言いつけを守り、シスターたちと別れます。そこでみんなで歌う『Amen』は力強く生き生きとしていて、観る者に圧倒的なインパクトを与えるはずです。
建設会社で働くことになったスミスは、マザーから教会を建ててくれと頼まれる。自分ひとりで建ててやる!と意気込んで取りかかるものの、周囲の人々のビッグなお世話が邪魔をして思うようにいかない。それでもスミスが現場を仕切ることで、教会は無事に建った。浮かれる周囲をよそに、スミスは浮かない顔。自分の仕事をやり遂げた彼は、シスターたちと『Amen』を歌いながら去っていく。

ざっと説明しましたが、まずはDVDを観ることをお勧めします。


テーマ
わしはこれ、最初観た時は正直なにも思いませんでした。とにかく眠い。退屈。長い。ストーリーも起伏がなく、登場人物の感情も宗教を理解していない頃のわしにとってはリアリティがなく、まるで移入できませんでした。それはぶっちゃけ2回目観た時もほぼ同じです。宗教的な事は多少の理解があるが、登場人物の感情は難しい。どうして難しいのか。それはこの映画で描かれているスミスが神であるという視点があるからです。
この物語は誰かの視点で描かれている(主観)わけではなく、それぞれの人物の視点をカメラが代弁するカタチで撮っています。それぞれと言ってもほぼスミスかマザーかぐらいなもんですが、そのマザー視点、シスター視点でのスミスが実は神として描かれています。ところが独特のトーンと主観のない視点から、どこかドキュメンタリーっぽい、一歩離れたところからマザーとスミスの関係なので、それが押しつけられたものじゃなく感じます。逆に言えば、キリストをバックボーンにしていないと理解不能になり、感情移入できません。
で、マザー達にとってはスミスは神。神がやってきて奇跡を起こして去っていく。スミスが教会を建てて去っていくという構図ですが、では最大の問題スミスは何でしょう。スミスの視点は、人間です。当然だって? すいません。
スミスの視点では、このオバサン達のところに立ち寄ってしまい、そこで食べさせてもらうわけです。ですがそのうち旅に出て、仕事も見つけ、それを生きがいにすることができました。そして自分がすべきこと(すなわち教会を建てること)を見つけ、それをやり遂げた彼は、その場を去って行きます。これは人の一生ですよ。突然この世に生を受け、始めは親に食べさせてもらう。やがて旅に出て、女つくったり喧嘩したり勉強したり働いたりして、生きがいを見つける。人は何かするために生まれてくる、自分は何をすべきか、そういうことを考え見つけ、やり遂げる。そして死が訪れる。上述したようにこの映画、教会が建った後、スミスは浮かない顔をしていました。それは、自分本位の仕事ができなかったからではなく、役目を終えてこの場を去る気持ち(死)、それを表現しているんです。
このように、一人の人物が演出上二つの役割をするのって、読みとるのが難しいんですよね。どっちなの? っていう気持ちにもなるし、それ以前に2つの役割自体に気が付けないでいる場合がよくあります。おまけに差別が多い南部が舞台で黒人が主役というと、色々勘ぐってしまいます。まあ白人からの歩み寄りだと思うのですが。



まあ結局眠かったですけどね。でも皆こういう映画に限って評価するんですよね~。なんにもわかってないくせに、ほのぼのしてていいとか、癒されるとか。そういうの聞くとガッカリしちゃいます。それだけで評価するというのは、ありえません。むしろ他に誉めるところがないというふうに受け取れてしまいます。『かもめ食堂』といっしょにしないでほしい。


野のユリ  amazonです。
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ホモルカ

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札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
映画について質問あればコメントくださいな。

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