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渚にて  映画が語りかける

渚にて
ネタバレします。










なんだか最近中東の核問題がどうのこうのってニュースをみた。いやあ、ホントに核戦争だけは勘弁してほしいものだ。だって人の意思とは全く無関係に終わらせてしまうんだよ。その方があっさりしてて良いって考えもあるかもしれないけど、わしは嫌だなあ。だって普通にデートしてようが飯食ってようが映画観てようがゲームしてようが寝てようが学校行ってようが着替えしてようが、その一撃でほとんどの意思を止めてしまうんだよ。いきなり終わりが来る。いきなり終わる映画みたいなもん。なんの前触れもなく、唐突に。『ノーカントリー』みたいに。
ということで今日は核戦争後を舞台にした『渚にて(On the Beach)』という映画を紹介します。1959年の作品です(うわあ、そんな昔なのかよ)。監督は社会派の印象があるスタンリー・クレイマー、主演はニヤけ紳士(わしが勝手にそう思ってる)グレゴリー・ペックとエヴァ・ガードナーです。白黒です。白黒だからって観ない人がたま~にいるが、それはダメです。白黒の良さもあります。
詳しくは→goo映画(ネタバレありDVD観るように)


ストーリー
潜水艦の中、ドワイト艦長(グレゴリー・ペック)は部下に浮上の命令を出す。彼らは地上での核爆発を逃れ、海底を進んでアメリカからオーストラリアに到着したのだ。一方オーストラリアでは若手海軍士官のピーター(アンソニー・パーキンス)が赤ん坊にミルクを与え、眠っている妻に紅茶をいれる。彼と妻の関係性がうっすらとわかるシーケンスになっている。ピーターは家族を残し、ドワイトの潜水艦でとある場所に偵察に行く指令を受けた。ピーターはアメリカから来たばかりのドワイトを自宅に招き、大ぜいを集めパーティーを開く。でもドワイトがアメリカに妻子を残してきたことを気遣い、一人の女モイラ(エヴァ・ガードナー)を紹介する。モイラは酒に強く、知的でタフで恋多き女。パーティーでは出席していた科学者のオズボーン(フレッド・アステア)が核について男と口論になり、一同は不穏な空気になる。中でもピーターの妻は恐怖に耐えきれない様子だった。ドワイトとモイラは距離を縮めるが、彼はアメリカに残した妻子のことを決して忘れることはなかった。
そしてドワイトたちは出航する。目標は北半球の偵察で、生存者の確認や、放射線を測りに行くのだ。途中、モールス信号を受信するが、発信源に行ってみればブラインドの紐がコーラの瓶に絡まり、それが風に揺れボタンを押していたというものだった。だれも落胆した表情を見せない。もう笑うしかないから。大陸には人影はなく、放射能に汚染されている。オーストラリアにそれが降りかかるのも時間の問題なのだ。彼らは現実を飲み込み、引き返す。
オーストラリアに帰還し、それぞれが残された時間を過ごすことになった。ドワイトはモイラと結ばれることになるが、死に場所を求め部下たちと故郷へ向かう。オズボーンはフェラーリでレースに出場するという長年の夢を果たし、優勝までした。一方メアリーは気を弱くしてしまい、会話もままならなくなっている。それでもピーターは彼女の傍によりそい、ともに生きようとする。やがて放射能が人々を蝕み始める。政府は安楽死の薬を支給し、ピーターはメアリーにそっと飲ませた。


演出
核戦争後、放射能に蝕まれる中、残された時間をいかに過ごすか? 基本そのプロットなので、やはり暗い。いかにフェラーリでぶっ飛ばそうが、大人の色恋を見せつけようが、死がどうしてもつきまとう。迫る死というのが物語の中でどれほどの力を持っているかということだ。それを下手に使うと、日本の映画によく見られがちななんとも安っぽいメロドラマになってしまう。ではどうしてこの作品がそうならないのだろうか? それはきっと「そんなもんさ」と言ってのけるところにあるんじゃあないだろうか。
「そんなもんさ」というのは、感情を思いっきり突きつけてこない演出ということ。ほら、悲しいだろ! ほら、つらいよな? ほら、ずっと一緒だろ? これらのNGワードを画面と音声でムラムラ醸し出すような演出とは逆の、ほら悲しいのさ、ほらつらいのさ、ほらずっと一緒にいよう、という、何て言うか劇中内での完結で終わる演出のこと。そう、まさに映画が「語りかける」演出の事だ。
毎回言うように説明的でないというのがまさに当たりなのだけれど、時には説明的な演出が功を奏す事もある。今作では、ドワイトとモイラが結ばれるシーンがそれ。はじめ彼らは釣りに出かける。静かな渓流があると言われて出かけたのに、そこは人で溢れかえっていて、酔っ払いたちが『ワルチング・マチルダ』を音痴に歌っている。今度はホテルでロマンチックに二人でディナーなのに隣の部屋からまたもやオージーたちのダミ声の歌が響く。がっかりするドワイト。そこへ強風が吹き付け、窓ガラスを押し開ける。二人で何とか窓を閉め、仕切り直し。オージーの歌は続いていはずが、いつしかその声が美声に変わり、何とも美しいハーモニーを奏でていた。そして二人が結ばれる。これはまあもちろんダミ声がホントにプロの歌手に変わったと捉えることもできるが、どっちかというと二人の気持ちを説明した演出だとわしは思う。『華麗なる賭け』で金持ちのマックイーンが何不自由なく遊んで暮らしている中、ふと『風のささやき』を流す事によって、観客に彼の気持ちを説明する。その演出と同じ。こういう言葉じゃあない説明が映画的というか面白いところだとも思う。それは絵画などで表現されることも多々ある。まあそれは今度。


この映画も後の作品にかなり影響を与えたんだろうなあ。『ゾンビ』的な映画もそうだし、ゲームとかもね。『fallout3』とか。ていうか59年なのかあ。それでこのクオリティって、凄いなあ。金かかってるなあ。


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札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
映画について質問あればコメントくださいな。

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