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ジョゼと虎と魚たち  虎魚(オコゼ)のことだろうか

ジョゼと虎と魚たち』について書こうかな、と以前から、そうだなあ、オアシスの記事書く前あたりから思ってました。
観直す時間がなくて華麗にスルーしてましたが、先日ついに観ました。メモも取りました。
ですが字が無茶苦茶で読めません。。。
忘れないうちにこうしてブログに書いていこう、とそういった次第でござーます。
(う、酒がまだちょっと残ってる)
ストーリーはこちら→goo映画(DVDお勧めするです)

というわけでジョゼと虎と魚たちです。ジョゼと虎と魚たち?なんのこっちゃって感じですね。何か非常に思わせぶりなタイトルです。

まず『ジョゼ』はわかりますよね。主人公の一人、脚の悪い女の子『くみ子』の事じゃないですよ。サガンに出てくる主人公の事です。
じゃあ『虎』と『魚たち』ってのはなんなんだろう。虎魚でオコゼって読むけど『魚たち』って複数形だし・・・。そう思ってずっと映画を観てると、途中で唐突に『虎』が出てきます。そこでくみ子が、
「うちは好きな人が出来たらその人と一番怖いもの見る思ってたんじゃ!それが虎じゃ!」
と亀田みたいに言います。んで、恒夫と一緒に『虎』を見てるんです。
・・・ただそれだけなんですよ。えー!?って思いました。それで終わりなんです。くみ子にとっての恐いものの象徴、それだけです。

『魚たち』に至っても同様に、突然申し訳程度に出てきて、セリフで説明して終わりです。どこで出てくるかというと、恒夫と一緒にホテルに泊まって、SEXした後です。そこでくみ子が
「わいは元々深い海にいたんや・・・」
と、亀田兄みたいに話します。『魚たち』は要するにくみ子にとっての日常のメタファーなんです。

え?それだけ?!って思いませんか?正直わしは思いました。こんな文学的で作為的なタイトルをつけているんだから、もっと何かとリンクさせないと、ただの思いつきでタイトルをつけたのではないかと思ってしまいます。
だって、虎や魚たちである必然性もないし、それらが持つ物語上での役割ってのは、単にくみ子の人格を構成する一つの要素でしかありません。

まあタイトルに関してとやかく言ってもしょうがないですね。内容ですよね大事なのは。


この映画は非常に良く出来ていて、中でも人物の描写や画づくりが良かったと思います。
特に恒夫の描写は見事です。一見無駄に見えるシーンも実は全て説明になっています。

物語としては、健常者と障害者が恋愛をすることの困難さやその抵抗感を、普通の健常者同士の男女の恋愛問題を切り取るような目線で描いています。
ちょっとリアルな話をします。
そもそも恒夫が付き合い始めたきっかけも、自分が優位に立つ事の達成感というのが大きな部分を占めています(勿論くみ子の器量の良さもあるが)。
男女が恋愛する時、たいていはお互いを尊重しあったり、互いに対等な立場で付き合う事が多いです。しかし不意に自分が優位に立った時や、今作のように初めっから自分が優位である時、急激に好感を抱くことがあります。少し極端ですがリマ症候群に似た状態です。しかしそれは心理作用なので、時間が経つにつれ、優位性がただの足枷になり、重荷となって終焉を迎えます。
わかりやすく書けば、恒夫はくみ子に対し、圧倒的優位を感じ、自分の存在が高まった錯覚に陥り、そこへくみ子の祖母の死により優位性に拍車がかかり、更にすがり寄られた事でその優位性を確認し、SEXしたのです。ちなみにあの場面で、恒夫にとって重要なのは求められる事であって、SEXすること自体にはさほど必要性を感じていません。だから、初めは戸惑ったのです。
そこからはその優位性が足枷になっていきます。要するに、飽きていくんです。ラストにちゃんと説明もしています(そういうところがこの映画のいいところ)。自分の方から逃げたと。そしてあの涙はもちろん、くみ子と別れた寂しさからではなく、自分の器の小ささを思っての涙です(俺は身障者を好きになれた寛大な男だと思ったのに、ただ単に自分の存在のためにつきあっていたのかという理想と実際の自分とのギャップからの涙)。

そんでもって、唯一この恒夫の心理状態を代弁するシーンがありました。それは、板尾で、彼は
「ボランティア精神に溢れとる」
と恒夫の事を表現していました。ただし、ニヤけて。見抜いているわけですね。あの板尾の演技、素晴らしいと思いました。
そして恒夫の未熟さをきちんと描いているところも良かったと思います。

はい、というようにですね、結局最初から最後まで、健常者と障害者との壁を描いている作品なんです。全然悪いという事じゃありません。それは描くべきなんですよ。

それと、これはわしの個人的な意見なんですが、ラストに恒夫がくっつく相手は香苗じゃなくてもいいんじゃないかなと思いました。香苗にすることで、香苗とくみ子のビンタ合戦のシーンを挿入する羽目になっちゃって、あのシーンは唯一温度が違うというか、明らかに違和感がありました。あのシーン、子供がくみ子の乳母車押してたんですよね。うまく説明できないが、下手な演出だな~と思っちゃいました(安直というかなんというか・・・)。
別に見ず知らずの女性と一緒にいても、それは恒夫の人間性を表現するだけのものだから良いと思ったのですが。

最後にくみ子が電動車椅子に乗っていましたね。あれはわしが物語の中で一番良かったと思う場面でした。行動の幅が断然広がるし、社会とも関係していける場面が増えますからね。これから苦労すると思うが、くみ子にとっての『虎』が『魚たち』になるんじゃないかな、と思いました。


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genre : 映画

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ジョゼッペ

コメントありがとうございます(ちょっと慣れてきた・ε・)。

自分には、物凄い近い存在にジョゼのような身体障害者がいます。
ジョゼみたくダイブできないから状態はジョゼよりもずっと悪いです。
その人が一番嫌がるのは、「壁がないふりをすること」です。
もちろんcase-by-caseだし、その人が正しいってわけじゃないんですが。
学校へ行っても、遊びに行っても、人の心や物理的な『壁』は確実に存在します。クラスメイトと一緒に遊べないことだって多いですし、入れるお店も限られています。
それなのに都合のいい時だけ、障害者も健常者も同じだ、と宣う連中がいます。
しかもそれがキレイ事みたいに。
それがホント嫌なんです(僕も)。

この作品はその辺はしっかりしていて、とてもフラットな視点から描いていると思いました。
ジョゼは失恋はしましたが、車椅子を手に入れたし、家も改装したみたいだし、滅茶苦茶良かったと思いますよ。
あの幼馴染と仲良く暮すんじゃないかなぁ?

ジョゼ

こんにちは。
私はこの映画、すごい好きです。
確かに、タイトルと内容について、どうリンクしているかなぁ?と、
思いを巡らせて何度も観たんですが、
イマイチ結びつくようなつかないような印象を受けました。
私も、最後のジョゼが電動車椅子で疾走するシーンが、
たまらなく好きです。
恒夫はずるい男だなぁ、と思いますが、
ジョゼは、失恋のどん底から這い上がって、
淡々とした中にある「逞しさ」みたいなものが生まれているので、
辛いのですが、好きです。ジョゼはかっこいい、と思ってしまいます。
プロフィール

ホモルカ

Author:ホモルカ
札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
映画について質問あればコメントくださいな。

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