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シークレット・サンシャイン  秘密にしておいた陽射

シークレット・サンシャイン
ネタバレします。
ので、まだ観てない人は気をつけて。

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今日はシークレット・サンシャイン(原題:밀양 ミリャン)について書こうと思います。
この作品は2007年の韓国映画で(日本では2008年公開)、監督は以前このブログでも取りあげたオアシス(原題:오아시스  過去記事)の監督でもあるイ・チャンドンです。
映画の情報→cinematopics(ネタバレだから本編先に観て下さいね)
っていうか画像かわいいでしょ?このチョン・ドヨン萌えなんですよ(しつこく言うよ)。年上で、ちょっと暗めで・・・。すいません、もういいですね。

はい、というわけでどんな話なのかというと、なかなか一言で紹介するのは難しいんですが、未亡人であるチョン・ドヨン演じるシネが亡き夫の故郷である密陽(ミリャン)へ引っ越しに息子と向かうというのが映画の冒頭部分です。
その際に、車がトラブってレッカー車を呼ぶんですが、その運転手がソン・ガンホ演じるジョンチャンという男です。そしてその3人で密陽に向かうというのが始まりです。

で、密陽というのは韓国の南東にある実際の都市でですね、ロケもそこでやってるし、役者もそこの舞台俳優からオーディションで選んだそうです。

そこでピアノ教師をしながら息子と暮らし始めるんですが、街の住人たちから陰で「夫が死んでかわいそうねえ」とか「あの人神様も信じないのよ」とか言われ、憐みの目で見られるんです。ところがシネは満たされているフリをして気丈に振る舞い、何とか対等にやっていこうとするんです。この辺りが非常にうまく後半に絡んでくるんですが・・・。

そうするうちにある事件で息子が殺され、精神的におかしくなっちゃうんですね。ここからのチョン・ドヨンの演技とそれを映すカメラワークが非常に秀逸で、よく角度変えると変化する絵があるじゃないですか。あんな感じで、チョン・ドヨンが色んな顔になるんですよ。萌えだったりオバサンだったり、淫乱女だったり。
それでですね、精神的にもうフラフラになっちゃったとこで住人の薦めでもあるキリストに初めてすがるんですよ。

わしも歌が好きで以前ゴスペルというものを練習しに教会へ行ったりしていたんですが(クリスチャンではないが)、映画によくあるじゃないですか、信者が両手上げて「おおぉ~神よ~」って。『エルマー・ガントリー(Elmer Gantry)』とかでやってるみたいなの。ああいうのって実際にあって、当時ビックリしたんですが(2年前だけど)、牧師とかの説教聞いて泣いたり叫んだりする人いるんですよ。「わたしはまちがっていたー」とか。

で、このシネも教会で泣いたり喚いたりして、自分をさらけ出すんです。
ところが、実はそれは神を本当に信じたのかっていうとそうじゃなくて、要するに、今まで気丈に振る舞ったり、幸せそうなフリをしていて行き場のなくなっていた本当の自分の捌け口になっていた、というだけなんですね。
その証拠として、神の名のもとに犯人に許しを与えに行くっていうシーンがあります。犯人は刑務所にいるわけなんですけど、面会に行くんですね。そしてシネが
「私はお前を許そうと思ってる、私は神に救われたのだから」
みたいなことを言います。すると犯人も
「私もここで神の許しを得ました」
って言うんです。それを聞いてシネは一気に目が醒めちゃって、もう愕然として、自分は神なんかもともと信じてなかったということに気がつくんです。
なぜ愕然としたかは、『ジョゼと虎と魚たち』(過去記事)じゃないですが、他者を支配したかった、優位性を保ちたかったためです。自分が許すことで、自分を確立したかったんです。
しかしその望みは打ち砕かれ、すっかり憔悴しきっておかしくなっちゃいます。ついには薬局のオヤジを誘惑したりして、街ではもう相手にされなくなって、すっかり廃人になりかけるんです。

で、薬局のオヤジを誘うシーンなんですが、オヤジと車に乗って名所に行くわけですよ。その時のシネが淫乱女の顔なんだけどちょっと気が変な表情なんですね(凄い萌えなんですが)。それはいいとして。そこで車から降りて青姦に誘うわけなんですが(羨ましいわぁ)、その後ですね、カメラが仰向けのシネを真上から撮るんですね。するとシネがカメラの方に目をやって「よく見えるか?」と語りかけるんです。

これは非常に印象的で重要な場面でですね(多分)、このカメラ目線で役者が演技するっていうのは『イタリア的、恋愛マニュアル(ManualeD'amore)』(過去記事)の時も書きましたが、映画という物語と観客のいる現実との境界を越えるんで基本的にはやっちゃいけないんですよ(物語が崩壊する)。もちろん例外もあって、例えばそのアングルが誰かの視点である場合や、ミュージカル作品の場合はカメラ目線にすることがありますが、それ以外では滅多にやりません。

ところがこのシネのシーンでは、それをやるんですね。

じゃあ、どういうことかっていうと、実はシネは最初の方に書きましたが、ずっと気丈に振る舞ったり満たされてるフリをしていたんです。どうしてか? プライドを保つためです。他人に良く見られたかったんです。円満なフリをしていたが息子を失うことで同情され、犯人を自分が許すことで自分を確立しようとして失敗する。あらゆる嘘で自らの俗物っぷりを隠していたシネの、その悪あがきを、天(観客)に向かって聞いたんです。「見えるか?」と。

序盤、陽射にも神様がいると薬局の主が言っていました。その時シネは「何も見えないじゃん」と言いました。どうしてかというと、それは秘密の陽射だからです。見えれば秘密でも何でもありません。その陽射しを秘密にしておくことでシネは自分を保っていたんです。何も存在しない(秘密の)陽射の中でもフリ(演技)をすることによって、それが本当の自分だと提言することができるからです。
それが誘惑の後、見えた(信じたとか、すがったというニュアンス)んです。実際はそれ以前からだと思うんですが。その時、秘密の陽射は秘密じゃなくなりました。シネを支えていた秘密の陽射がただの陽射になった瞬間でした。

しかしラスト、そんな彼女のそばで、その秘密の陽射よりももっと純粋な男が彼女を支える時をずっと待っていたということが分かるんです。その男というのがソン・ガンホです。

その後はどうなったかはわかりません。ソン・ガンホが支えることで、秘密の陽射はシネに必要なくなった、そして彼は違う意味で彼女を照らす陽光となった、とわしは思ってるんですが・・・。そうじゃないかも知れないです。

にしてもややこしいですね。文章が滅茶苦茶だ~。
とにかくこの映画はもう上手にできてるし、カメラの揺れも的確だし、なんたって役者が良いですよ。まじチョン・ドヨン完璧ですよ。この暗い感じとか地味な感じ、気丈な感じ、かわいい感じ、ぶっ壊れたとこ、淫乱なとこ、騒音おばさんなとこ、すっごいです。そして好みです。
なので、まず観て下さいな。


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ホモルカ

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札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
映画について質問あればコメントくださいな。

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