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マイティ・ソー  モーじゃないよ

マイティー・ソー
久々の更新になりました。時間がたつのは早いなあ。ということで先日『マイティ・ソー(Thor)』を観てきました。ちなみに観客はわしと連れの他に一人でした。てことは3人です。まあ確かに平日の昼だし、納得の貸し切り状態ですかねえ。でもその一人ってのが50過ぎのおばちゃんだったってところが不思議。なぜおばちゃんがソーを? 筋肉を観にか? それとも浅野忠信目当てのマニアックな人? アメコミ好きっていうとオタク系男子かクソガキ系男子か知ったかぶり男子(要するに男子)が好んで足を運ぶもんだと思ってたが、意外な客もいるもんだなあ。うれしいこと。じゃんじゃん劇場に行きましょう。金があれば・・・(うぅ)。
てことで簡単な情報。監督はケネス・ブラナー。主演はクリス・ヘムズワース。そして重要なのが原作がマーベル・コミックだってこと。アメリカの少年が読んでるヒーローモノ漫画ってこと。少年ジャンプみたいなもんだと認識していいと思います。そしてその原作は北欧神話をベースに書かれているってこと。男子が好きそうでしょ~。


わし的ストーリー
神の世界で次期王様になる予定だったソーさん。でも乱暴者な性格が災いして隣の巨人さん一家と喧嘩してしまい、父であり王様でもあるキム・・・じゃないやオーディンさんから地球へ追放されてしまう。地球ではソーさんの力は並みのマッチョと同等なはずで(それでも以上に強い)、飛んだりワープしたり神っぽいことはできない。でもソーさんを拾った天文物理学者のナタリー・ポートマン達に興味を持たれお互い慣れ合う。同時に他の地点でソーさんが使ってたハンマー落下し、謎の組織が動き出していた。一方神の世界では、ソーさんの弟が調子こき始め、しかも父親はぶっ倒れた。こんなことぐらいで混乱する神の世界に嫌気をさしたソーさんの部下たち3~4人と調子こいた弟が送り込んだ巨神兵が地球にやってきてヨロシクやる。巨神兵を倒した後は神の世界に行って弟とヨロシクやる。そして終わり・・・だったかな?(劇場へ)。


感想
マーベルコミックということで、例のアレも出てきます。そうです、アレです。説教はしませんが、出てきます。わしはハッキリ言って、もうそういうのウンザリするんです。なんだろう、いちいち繋げなくても良くね? って気になるんですよ。もうそれ『アイアンマン』の時もそうでしたが、映画一本で勝負する気がないように感じられる。ようは今作も『アベンジャーズ』へのステップだってことに収まるわけですよ。それって映画一本2時間かけて観てきて、ハイただの前フリでしたって言われるってことですからね。辟易します。まっちゃんの自分みせつけ映画並みに辟易します。勘弁してほしいわけですよ。もうそういうのは『20世紀少年』だけにしてください。あ、まっちゃんの映画については後日書きます。これ、自分への宿題です。

とまあ例のアレについてはこのへんにしといて(好きか嫌いかだものね)、映画自体どんなだったか。
う~ん、なんの面白みもないけど退屈でもないし飽きるってこともない。音量とCGと高速カット割りでできた安心安全のアメコミ映画で、それなりにキチンとはできているように感じられる。だけど実はキチンとできているのは上辺だけで物語を進行していく上での感情の動きや変化などはほぼ説明なし。アメコミだから、神だから、イケてるから、という観客の想定に全て委ねられてしまっているから、何でもありっぷりが当然のように横行する。設定が神だから、それ自体が説明になってしまうという難しい面もあるぶん、そこにはもっと厳しい縛りを設けるべきだったと思う。例えば人間に恋をしたら王様になれないとか、他の神に殺されるとか。人間に恋をするということは平等じゃなくなるってことだからね。その辺りはもっとつついてよかったんじゃないかなあ。でもまあ映画のコンセプトがアクションと『アベンジャーズ』のステップだから、ドラマ性は抜いたのかもしれないな。わざと中身すっからかんにしたってこと。そういう映画増えてるよな~・・・。


まとめ
え? 浅野忠信出てたの? ってぐらい見せ場なかったですね。たまに顔抜かれるぐらいでした。まあそこが重要なのでしょうかねえ。東洋の神秘を体現させたかったのでしょう。oh~ninja~! とかね。ニホンジンの我々が観ても浅野忠信のカットで東洋の神秘は感じませんからね、あんま印象に残らないんでしょうね。


マイティ・ソー  公式です。
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20世紀少年  amazonです。


theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

母なる証明  愛情とは何か

ネタバレすると思うよ。








母なる証明
今日は『母なる証明』という韓国の映画を紹介します。監督はヘンテコ監督ポン・ジュノ。主演はお母さん役に韓国ベテラン女優のキム・ヘジャと、その息子役に韓流四天王でかなりのイケメンなウォン・ビンです。ヘンテコ監督ってのは、まあ前回ジョン・カーペンターのことをまともと言いましたが、今回のはマジです。正真正銘のヘンテコです。どの辺がヘンテコかっていうと、う~んと、え~っと、画が・・・。違うなあ。わかんないや。まあ感覚的なことしか言えないけど、殺風景なんだけど情緒的だったり、ユーモラスだけど突き放したり、グッと押してくるかと思ったらいっこうに来なかったり。なんていうか、一本の映画内での振り幅がエライ大きい監督。まあそうやって言葉で形容するよりも、まず観ればきっとわかります。
詳しくは→goo映画(ややネタに触る程度)


わし的ストーリー(今度こそネタバレ)
舞台は小さな町。知的障害者のトジュン(ウォン・ビン)は母親(キム・ヘジャ)と二人暮らし。トジュンはあきらかに母親なしでは生きていけないし、一方の母親も、働きながら常にトジュンを気にかけていて、要するにお互いの存在なしでは生きていけないようだ。
そんなある時、少女が死体になって発見される。その容疑者はトジュン。 「なにかの間違いだ!」 母親はそれを全く信じない。トジュンも殺したという記憶が全くない。記憶はないが、否定もできない。思い出したことと言えば、幼いころ母さんに農薬を飲まされて殺されそうになったことだ。それを聞いた母親は発狂しそうになる。そしてトジュンに、「嫌な記憶を消しさるツボに針を打つ」と促すが、今度は針で殺そうとするのかと突っぱねられる。
 「ああトジュン。愛しいトジュン。あなたはきっと無実なのよ。母さんが必ず牢屋から出してあげる」  独自に捜査を薦めるうちに、新しい容疑者が浮かび上がる。それと同じに一人、トジュンが犯行に及ぶのを目撃したオッサンも出現する。無実じゃない?!でも構わない、あの子を守るため。まずは証拠を消さなければ。母はオッサンをぶち殺し、家に火をつけた。これでトジュンは大丈夫よ。
 そして彼は釈放になり、新しい容疑者が逮捕されることになった。これでまたトジュンと安心して暮らせそうだ。でも母さん、トジュンが言う。
「母さん、これ忘れちゃあダメじゃないか」
そういって渡されたのは、針灸の針が入った缶。オッサンの家に忘れたままだった。え? トジュン、どうして知ってるの?あなた、ほんとは全部知ってるの? あなたはトジュン? 私が愛してたトジュンなの? 母親はバスの中で、記憶をなくすツボに針を刺し、やがて晴れやかに踊り出した。


感想
映画の冒頭で、母親が一人草原で踊るシーンが入ります。観ている側としては何だこりゃってなるわけだが、ここは冷静にいかなければいけない。こういう冒頭のトンデモシーンていうのは必ず映画のどこか(とくにラスト)に繋がってくるからです。例に出すと『パンズ・ラビリンス』(過去記事)とか。ましてやこんなヘンテコなシーン、単体で放置されるということはないので、監督の演出にしてやられた~!っていう気になりたくない負けず嫌いな人は、是非頭の隅に確実に置きながら鑑賞して下さいな(わしがそう)。
んで案の定、ラスト付近、オッサンの家に火を放った後に踊るシーンが入って冒頭に繋がるわけだけど、これ、何か思い出しませんでしたか? 青い服を着たオバサンが黄色の草原で踊る。青き衣をまといて金色の野に降りたつべし。これ『ナウシカ』なんですよ。『風の谷のナウシカ』も青き衣をまとった少女がオーム達の怒りを抑え、人間とあらゆる生物自然を愛するという言ってみれば究極の母性を描いてるわけですが、この映画でもそうなんです。息子を絶対の愛で包む母親のその究極の母性。善も悪もすっ飛ばした母親の愛。政治も社会も母性の前では幻想で、言葉や科学を超えた、女としての、母親としての証明。母性です。それがあの冒頭と後半の踊りのシーンに集約されている。息子を守ったという安堵感。達成感。
そしてラストのバス内での踊りにリンクしてくるわけですが、母親としての役割を失いかけたところで、その事実さえも気し去ってまた母性を取り戻す。その事実っていうのは、息子のスペックの大きさ。実はあたしが保護しなくてもなんともないのではという疑惑。それは全てを息子に捧げてきた母親にとって恐怖である。奥まった仕事場からも常に息子に目をやっているというシーンや、ベッドで一緒に寝るシーン、小便を処理するシーンなどからもいかに息子を気にかけていたかがわかる。それは近親相姦的とも言えなくもない。なぜなら一方的な愛ではなく、お互い依存しあって成立している関係だから。まあでもそんなエッチな感じじゃあないけどね。突き詰めてくとそうなる、ということで。

映画の脚本もきちんとしてました。個性的ではあるけど、ツボはきちんと押さえていく。やっぱ基本がしっかりしてるんだなあと改めて思う。邦画の企画モノみたいな映画(テレビ映画)とか観てると恥ずかしくて直視できないときとかありますからね。いや比喩じゃあなく、まじに。さっむいギャグとかさ~、お笑い芸人出てきて内輪ネタやるとかさ~。『ワラライフ!!』の記憶がほとんどないもん。忘れるツボ刺してないのに記憶から消えたよ。すごいね~。『ツーリスト』(過去記事)もいつか忘れるだろうと思ってたけど、まだ覚えてるからね~。それより先に忘れるってことはよっぽどだよ~キム兄(知らないけど)。もう映画撮らな・・・。

おっと、話逸れたな。はい、それから刑事三人良かったですね~。キャラ立ってますよね~。台詞もほとんどないんだけどね、あの佇まい、顔、それを引き出すカメラがいいね。映画観てるって気になるね。それにしてもポン・ジュノさん警察に恨みでもあるのかなあ。全く役立たずですよねいつも。ラストのバスの画も良いね。周りがわいわいやってる中に自分も入ってくというあの感覚。ああ、堕ちたな、という感覚。これはわしの勝手な感覚だけど、野球観戦にたまに行くんですが、外野で観てるとみんな応援団に合わせて統制のとれた応援するんですね。で、わしはそういうの嫌で静かに周囲に逆らって野球観てるわけですが、最後の最後まで負けててとんでもない逆転とかした時に、皆と同じ応援とかしたくなるんですよ。えーい、やっちゃえという。これに似てるなあと。まあ、勝手な感覚ですが。


まとめ
非常に好きな映画です。こういう振り幅の大きい映画をこの監督はよく撮るんですが、それでいて画作りや演出に非常に優れています。色んな引き出しを持っている感じです。まあ、何て言うかなあ、映画の色んな面を観せてくれる監督かなあ。さっきから同じことばっか言ってるような気がするなあ。というわけで、かなりお勧めです。っていうかこういうの食わず嫌いな人いるのかなあ。『グエムル-漢江の怪物-』がこけたぐらいだからね。こける理由がわからないけどね。こけるってことは、客が入らなかったってことでしょ? 観る価値は充分にあると思うんだけどね。トンデモ映画ですよあれも。トンデモヘンテコ怪獣映画です。


母なる証明  amazonです。
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theme : 映画紹介
genre : 映画

遊星からの物体X  雄星よりもS○X

一応ネタバレしそうです。
古い作品なのでDVDで観て下さい。









遊星からの物体X
西武ライオンズの雄星選手が一軍で初登板したそうです。わしは地理上、日本ハムを応援してる身なので西武の事はあまりよく知らないが、菊池雄星の名前は知っていました(高校生ドラフトで有名だった)。ですがそれ以前に雄星と聞いて浮かんだのがこの『遊星からの物体X(The Thing)』という1982年の映画でした(どうでもいい前置だな)。監督は我らの巨匠ジョン・カーペンター、そして主演は”スネーク”ことカート・ラッセル。ちなみに音楽はエンニオ・モリコーネでした。わしは今までてっきり音楽もジョン・カーペンターだと思ってました(やってる作品も多い)。
ちなみに『遊星よりの物体X』じゃあないよ。元ネタは同じだけど、こっちのは1951年だから。
詳しくは→goo映画(ネタバレなので注意)


わし的ストーリー
まず簡単に言うと、閉鎖された空間に危険生物が紛れ込んでくる、という話。そこに、生への執着、共同作業、疑心暗鬼、戦闘や科学的な解明やらが入ってドラマになる。
ではもうちょっと詳しく。
冒頭でノルウェー人(らしい)がヘリで犬を追跡し狙撃する。まあもちろん当たらない。そんな揺れるところから小さくてちょこまか動く標的に当たるはずもない(よっぽどでないと)。そして犬は主人公たちのいる南極観測基地まで逃げ込んで保護される。追っかけてきたノルウェー人は何かよくわからない喚き声をあげておっ死に、そのホトケを保護される。
 ノルウェー君に一体何があったのか、真相を探るべくノルウェー基地に向かう主人公ラッセルと他一名。そこには、自殺したままの凍りついた死体と、とんでもなく変形した人間みたいな生物の焼死体があった。何か異常な事が起こったらしい。彼らは焼死体と、記録フィルムをお持ち帰りにした。
 観測基地に戻り焼死体を観賞。改めてこのとんでもない匂いと造形に、気が狂いそうだ。しかも犬はちょこまかと動き回る。全く落ち着かない隊員たち。・・・ところがその犬ってのが実は犬じゃあない。犬の形をした、まあしいて言えば物体Xで、グチョグチョのドロドロのニョロニョロに変身しては基地内の生物を食ってしまう。いや、食ってしまうんじゃあない。取り込んでしまうんだ。追ってきたノルウェー君はそれを知ってて射殺しようとしてたみたいだ。
 こいつぁヤバイ、取り込んでしまえば姿かたちをそっくりそのままに変形できるらしい。だから犬は犬のままだった。しかもこいつは細胞の隅々まで生命力がある。ようするに、傷に入ったりすると感染しちまうってことだ。だが待てよ、ってことは、知らない間に隊員に化けてるってこともあり得るのか? 誰が人間で、誰が物体Xなんだ? そしてそれを証明できるのか?
以降は内緒


感想
いやあ、良いね。この閉塞感。人間不信。なぞの爆発(焼けるんじゃなく爆発。『ヴァンパイア/最期の聖戦』でもヴァンパイアが日光当たって焼けながらいきなり爆発する)。そして何よりグチョグチョのドロドロのニョロニョロのベチャベチャでグワァ~な感じの造形。そして蟹さん(蟹江敬三じゃあないよ)。こういう映画に共通な「怖いしグロくて笑える」という三つのツボをきちんと丁寧に、そして個性的に抑えてくれる、まさにお客様のニーズに的確にお応えできる作品です。そしてそれがジョン・カーペンターの長所です。
よく、勘違いしてる人がいて、カーペンターを癖のあるちょっとヘンテコな監督と言う人がいますが、わしの印象は少し違ってて、上記で書いたように非常に丁寧な演出と展開をする監督さんです。この映画だって、第一幕で何が起きた(状況説明)、二幕で何を及ぼした(ドラマ性)、三幕で何をした(決着・クライマックス)、そして締め、ときっちりしてますし、伏線の張り方も台詞で入れるなどしている。音楽の使い方もうまく入り込めるように普通に使ってるし、カット割りも特徴はない。至って普通の優秀な監督です。
ですが、ちょっぴりヘンテコかもなって部分は少しはあります。でもそれは手腕じゃあなく、映画の内容です。言ってみればこの人、B級ばっか撮ってます。頑固者なのかあまり資金が回ってこないのかわからないけど、B級の当たらないようなプロットの映画ばっか撮るんです(当たらないってのは大衆受けしないってことね)。言いかえれば一部の人には当たるってことだけどね。それで最初に「我らの巨匠」って書いたんです。

とまあそれはいいとして、この映画はとにかく造形が凄い! こういう合体モノとか変形モノって、いかにカタチが出来上がって行くかを見せるのが非常に大事で難しい。どんなカタチになるかってのは、実は誰でも考えられるから意外に簡単にできちゃう(この映画のは凄いけど)。本当の勝負どころはどのぐらいの尺で、そしてタイミングで、変形していき、それをどのショットで見せるか。これに尽きる。序盤の犬のシーンでは、顔が開いて、変形していき、背中から触手が出る。これを周囲の犬の吠えるカットを挿みながら見せていってる。大事なのはここ。犬のリアクションあっての変形です。『ザ・フライ』でいう脱皮シーンでのヒロインのキャーです。それを、まずはできるだけ寄って撮る。皿に盛った料理の写真を撮るぐらいの画角で。あれも画面いっぱいに入るように撮るんですよ。そうするとおいしく見える。でも、バランスを崩さない程度にです。タイミングは、テキパキです。変形したらリアクション。中から出てきたらリアクション。触手が出そろったらリアクション。これが基本。リアクションが逃げ腰になったら引いてよし。
とまあ、S○Xサイコー! テンション高し! え?SFXだよ。


まとめ
思えばこの映画、寄生獣、バイオ5などなど、かなり影響与えてんだなあ。日本のゲームって映画を上手に取り入れてるよなあ。サイレント・ヒルだって『ジェイコブス・ラダー』を参考にしたって話だしね。怖くて苦手だけどねあのゲームは。


遊星からの物体X  amazonです。
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ザ・フライ  amazonです。
ジェイコブス・ラダー  amazonです。

theme : 映画感想
genre : 映画

またつぶやき

作家の村上春樹がスペインでのスピーチで東電を批判したらしい。→yahoo記事
効率を求めすぎた日本の体制がどうの、国民がどうのって・・・。

でも批判してなんになる? 自国の企業を他国でダメだししてなんになるんだろう? ただたんに自分のポジションを確立して周りにアピールしたいだけじゃあなかろうか。
だって、反原発を推進するのなら、特定の社名をだしてやり玉に挙げる必要なんて全くないもん。日本や政策非難だってそう。それを黙認した日本国民も加害者だっていう発言もそう。

誰のせい、あいつのせい、いやお前も悪い、俺も悪かった、俺達が甘かった。

そんなこと他国の壇上で言ってどうすんだ? 
原発の危険を本当に伝えたいのなら、そんな罪人を市中引き回しにするような、ましてや全くの異国で声を大にして後ろ指をさすようなことする必要は、ない。
かえって趣旨がずれて、原発の危険性よりも、日本人の国民性に視線が注がれるだけだ。その中でこの男村上春樹は裁き手として、注目される。
それだけだ。

結局、自分が拍手もらっていい気になってるだけじゃあないだろうか。
震災以降、そういう人たちをかなり見た気がする。
わしはそういうのが本当に嫌いだ。
「頑張れ」とか「一人じゃない」とか「あきらめないで」とか「かわいそうに」とか「信じてる」とかって、テレビの前で言うなよ。
記号になるから。
言いたくなる気持ちは、まあわからないでもない。自分が何かをしたい、困ってる人を自分のアクションで変えたいっていうのは、自己を確立する上でも一番の近道だ。
でもちょっと考えたほうがいい。言葉が何になるか。テレビで全く無関係の人がスッキリした顔でガンバレ~って言ったって、何の影響も及ぼさないよ。逆に言い続けられるとフラストレーションがたまるかも。

要するにそういうのって、全部自分のためなんだよね。もちろんそれが悪いって言うんじゃあない。それが他人のためにもなって利害関係が一致すればいいっていうだけの話だから。
でも、村上春樹が外国で自分たちの国のダメだしするのは、ほぼ純粋な自己満足でしかない。
「俺達の考えが悪かったんだよ」、って後悔したように言ったって、「よぉ兄ちゃんそう泣くなよ、一杯やるからよ」
で終わりだよ。

っていうかつぶやくならツイッターやれって話だよな。でもめんどくさいんだよなあ、覚えるの。

theme : 日記
genre : 日記

クソまみれの美談

もう結構前だけど、ネットちらちら見てたらびっくりするニュースを見つけた。
岡山県の知事が、選挙公約として掲げ、2005年から続けていた自身の給与3割カットを今年からやめるという。
しかもその理由が、母親の治療費が必要だからだと言う。
記事はこちら

目を疑った。
だって、公私混同することが仕事をするうえで好ましい事じゃあないっていうのは極めて初歩的なルールだよ・・・ね。
それを政治家がこんなことで踏みにじっていいのか? ていうか大丈夫なのか?
それともこんなことでさえ、今の日本人には美談として映ってしまうのか?
まあ確かに、とんでもないことを美談として描いてる邦画を観てそのイデオロギーに喜ぶ連中がいるのだから、ありえない話でもないよなあ。
ていうか政治家なら、母親を説得して歯を食いしばって耐えるべきだろう。いや、説得しなくてもだ。
下手したら、それが政治家としての名をあげる機会になるかもしれない。そういうことさえ計算しつくすのは政治家として間違っちゃいない(自分がどう見られるのかを知るのは大事)。
それを、ホイホイすっぽかして自分のママの治療費のために税金取るなんて、美談にもなんにもならない。
先日書いた『ソドムの市』のうんこだ。クソ喰らえだよ。
自分の私生活や環境を仕事に持ち込むなよ。常識だろ。学校やりなおせよ。今度は学費の方が必要かよ。
・・・って言いたいよね、もし美談だって風潮なら。
クソまみれの美談だよ。

ていうか給与所得950万かあ。いいなあ。これでも足りないのかあ。政治家は金がかかるのかなあ。

theme : 思ったこと・感じたこと
genre : 日記

プロフィール

ホモルカ

Author:ホモルカ
札幌在住。おとこ。
ボケ防止でブログ開始。
ボケ担当。
学校で映画を勉強。
でもブログは好き勝手書くよ。
映画について質問あればコメントくださいな。

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